言語聴覚士になった言語学者の生活
はじめまして。大学院で言語学を修めた後に言語聴覚士になった私の初めてのブログです。
<まずは言語聴覚士の紹介>
言語聴覚士は言葉の障害、聞こえの障害、言葉以外の高次脳機能の障害、摂食・嚥下の障害などを専門とします。この中で言語学の知識が求められるのは主に失語症と子供の言語発達障害の場面です。
- 失語症:大脳病変により、後天的に「話す」「聴く」「読む」「書く」全てに障害がある状態
- 言語発達障害:先天的な要因で、言語獲得に何らかの遅延が生じた状態
- 構音障害(運動障害性、器質性、機能性があります):3つのそれぞれで原因は違いますが、簡単に言うと調音の過程に障害がある状態
<自己紹介&言語聴覚士養成について>
私は大学院博士課程を満期退学したあとに大卒2年課程の言語聴覚士 (ST)の養成校に行き、国家試験を受けて言語聴覚士になりました。その後は言語聴覚士の臨床、博士研究員などを経て(博士(文学)も取り)、現在は某大学で言語聴覚士を養成する仕事をしています。
言語学出身で言語聴覚士になる人はかなり少なく珍しい存在です。大卒2年課程の養成校に来る人はさまざまなバックグラウンドを持っていて、心理学系の大学を出た人、介護士などの経験のある人、あとは全然関連のない仕事をした人も来ます。でも今は特にカリキュラム構成の関係で大卒2年制の養成校が減り、4年制大学で言語聴覚士を育成する方向に進んでいます(実習期間が長くなり、2年ではそのカリキュラムをこなすのがヘビーになってきているのです)。
4年制大学で資格を取らせ、かつ大学卒業者としての教養や思考力を育てるのは実はなかなか難しいと感じています。今の私が考えていることは次のようなこと。
そんなことを徒然なるままに語ってみようと思います。
(※あくまでも私見です。経験による考えです!)
<言語聴覚士養成の4年制大学で私が直面した問題・疑問>
■言語学・音声学の知識はどのように言語聴覚士に伝えられるべきか
- 「日本語の/t/って、歯茎と前舌で出す音ですよね。」
- 「失語の患者さんに文の練習って必要あります?助詞とかなくても2語文話されば大体通じるじゃないですかー。」
これは実際の言語聴覚士養成に関わる人から発せられた言葉です。言語学・音声学を嗜んでいる人から見れば「???」となるのではないかと思います。でも「言語聴覚士」の世界では、このような発言がしばしば聞こえてきます。大変なのは学生です。基礎科目として「音声学」「言語学」の授業はあるので、基礎で習ったこととは違うことを専門科目で教えられてしまうのです。
なぜ、言語学や音声学の知識が、専門科目を教える際に歪められて伝えられてしまうのか。私は次の2点が大きいのではないかと思っています。
「わかりやすい」って何?
私はずばり、基礎知識が臨床とつながった時、「わかる」と感じることができると思っています。そのためには知識の「使い方」を教える必要があります。
言語聴覚士の教員は最低限の言語学・音声学の知識を持っていますが、それをどれだけ臨床で意識できるかがポイントになると思います。言語聴覚士として世に出す時に、使い方を意識して教えることが必要になります。
現在、養成校で言語学、音声学の講義をしてくださっておるのはほとんどの場合、それらを専門とする非常勤の先生たちです。その方達は当然、言語聴覚士の仕事に精通しているわけではありません。そこで、言語聴覚の教員がもっと言語学、音声学の先生に歩み寄り、時には一緒に講義をするなんて素敵だと思うのです。一緒にシラバスを考えるなんてことができたらいいのにと思うのです。
■一般の4年制大学では学ぶことが経験できない養成校学生の実情
もう一つ、私が言語聴覚士養成の「4年制大学」で、残念だと思っていることは、一般の大学のような、「思考を育てる」「文章を書く」というような、いわゆる初年次教育が科目としては用意されていないことが多いことです。
学生たちはかなりの量の暗記科目をこなします。でも思考にまで至らない。なのに突然3年生くらいになると「知識をつなげて思考しろ」と言われます。
どんな思考が必要なのか、少し紹介します。例えば、失語症の患者さんは相手の言ったことを聞き取ってそれを繰り返して発話する「復唱」ができなくなることがあります。この復唱には、少なくとも次のような情報処理が必要になります。
- 言語音を認知する
- (それを語・文として認知し、意味を理解する)
- 認知した言語音を一定時間、脳内で把持する
- (それを正しく並べる)
- 頭の中に把持した語音列を発話すべく、調音器官へ運動の指令を出す
- めでたく発話する
この情報処理のうち、どこに障害があっても「復唱」はできません。でも失語症の人はこの全てに障害があるのではなく、「語音認知はできる」けど「正しく音を並べられない」人もいます。失語症であれば言語学的な何かの障害によりますが、情報処理段階の「5」に挙げたレベルの障害は主に「構音障害」にあたります。でも、失語症と構音障害は合併することもあります。
いったいどこに障害があるのか、それを導き出すためには「思考」が必要なのです。例えば、物や絵を見てその名前を言う「呼称」と「復唱」の成績を比べてみたりします。そこで「呼称」に比べて「復唱」が著しくできないのであれば、「呼称」には関与しない「言語音の認知」が復唱障害の原因となっているのかも、と推測します。呼称ができているのであれば、運動の指令や発話そのものは保たれているかもしれませんよね。
そんなふうに、言語聴覚士の仕事にはわりと「思考」が求められます。でもその訓練をする時間が「専門科目」の時間になって急に出てくる。それは4年制大学で言語聴覚士を養成するにあたっては、私はなかなかの問題点だなと感じています。これについては今後、自分の課題として考えていきたいと思っています。
<それでも臨床は面白い:そこに「言語学」「音声学」は存在する!>
私は臨床では主に成人の失語症、構音障害などに関わってきました。言語学を修めていると言うこともあり、特に失語症に興味を持っています。失語症の患者さんにとって言葉を言う・理解するのが「難しい」とはどういうことか、一言で説明するのは難しいところです。例えばこんな症状があります。
- 名詞と動詞で理解や発語ができる・できないの乖離があったりする。
- 名詞でも語が長いほど間違える(語長効果)、似たカテゴリー(意味)の語は理解しにくい、など。
- ・カテゴリー特異性
- 「体温計」は言えるのに「いす」は言えない。「看護師」は言えるのに「テーブル」は言えない。(→「家具」というカテゴリーに特異的にみられる喚語障害:実例)
言語学を専門とする方々には当然のことかもしれませんが、上にあげた例だけでも、品詞、語のカテゴリー(上位語・下位語)、類義語、多義語、なんていう言語学的概念が関わってきます。STが学ぶべき言語学的知識は多いのです!
<言語聴覚士を育てる楽しさと責務>
大学で学んだ知識や技術が直接仕事に活かせるのは資格系大学の良いところだと思っています。そこに基礎知識とのつながりを感じられれば天下無敵。こんなに楽しいことはないのではないかと思います。私はそんな感覚を味わってほしい、そして基礎のしっかりした言語聴覚士を育てたいと思っています。
具体的に言語聴覚士に向けた言語学の授業で工夫していることは次のようなことです。
- どんな臨床場面で、どんな言語学的知識をどう使うのかを概説する
(↑言語学者であり言語聴覚士である私には、これは責務だと思っています。)
ちなみに、言語聴覚士養成の大学で働き始めた私は、言語学・音声学分野でずばり次のような成長を遂げました。
- 今までできなかった入破音を出せるようになった!
学生に、「このIPAの記号はどう発音するのだ?」なんて聞かれます。その期待に応えるために、発音の練習をした私の成長です。ですが、放出音は、まだできない。まだまだ努力が必要です。
学生と共に育つ。言語聴覚士を養成する大学に勤める教員にとって大事にしてほしい感覚だと私は思っています。